体育会マネージャーをしながら留学!?海外研究室にドローン留学した慶大生!

ー自己紹介お願いします!

慶應義塾大学総合政策学部4年の相原彩良です。体育会フェンシング部にてマネージャーをしていて先日引退しました。

ー宜しくお願いします!そもそも、なぜフェンシング部でマネージャーをしようと思ったんですか?

弟がフェンシングをしていたのとマネジャーの先輩方が優しかったからです。中高はダンス部で運動は大好きだったのですが、あまり得意ではなくて、、(笑)大学では、誰かを支えて勝利を味わいたいと思ってマネージャーになることを決めました。いくつか見た部活の中でも、フェンシング部はマネージャーの歴史が浅く、変なしきたりが無くて受け入れてもらいやすかったです。

ーそれでフェンシング部を選ばれたんですね。ただ、マネージャーのお仕事って大変そうです。

そうですね、上手くいかないことも多かったです。例えば、他部活を参考に新しいことをしようとしたときに、現場の状況を知らないOBに反対されてしまいました。OBの方々のご経験も大切なのはもちろんですが、提案にまともに取り合ってすらもらえなかったのは悔しかったです。新しいことに挑戦したい私はフェンシング部に合ってないのでは、と悩みました。

ーOBとの関係で悩む体育会の方々は多いですよね。それでも、4年間続けられたのは流石ですね。

周りの方々、特に同期の存在が大きかったです。なんでも相談できて一緒に頑張れる同期に何度も支えられました。元々、私は人に頼ることが苦手で自分で抱え込みがちだったんです。でも、同期のおかげで徐々に人に頼れるようになりました。選手が技の改善や練習に向き合っているのを見ていて、自分も挑戦しないとなと感じられたから新たな自分が出たと思います。留学する際も、1対1で納得いくまで話し合いました。

「人と違うこと」に挑戦したい

ー留学の話が出ましたが、きっかけは何だったんですか?

2年の秋からのゼミが転機になりました。ソーシャルイノベーションのゼミで、Eスポーツや教育など様々な範囲で行動に移す人が所属していてとても刺激的だったんです。体育会の人はチームとしての行動や周りの人との関係性を大事にする人が多いのに対して、ゼミの人は自分の哲学を持つ人や自立している人が多い印象でした。だからこそ、視野が広がりましたし、自分も何か行動しなきゃと思いました。

ーその行動の1つが留学だったんですね。

はい。私は、ドローンに関心があってハワイ大学の研究室に留学しました。日本はドローン後進国でアメリカのような国家免許も存在しない。趣味の延長のような立ち位置で勉強することに限界を感じて、留学することを決めました。

ーそれは、ハワイ大学の研究室留学ということですか?

はい、研究室に直接連絡して受け入れてもらいました。(笑)実は、留学前にハワイでドローンの国家免許を取っていてその繋がりもありました。ハワイは、広大な自然や恵まれた環境によってドローン研究が盛んなんです。

ーそうなんですね、初めて知りました!ドローンは日本のゼミにいた時から研究していたんですか?

はい、本格的にドローンの勉強を始めたのはゼミ入ってからですね。昔からなんとなく天気や気象分野への関心があって、高校生の時にたまたま参加した慶応大学主催のドローン教室でドローンに出会いました。ドローンの未来は未知だらけで、ワクワクして一緒にできる仲間がゼミにいたのでやってみようと決めました。性格的に、他の人と違うことがしたくて(笑)フェンシングやドローンを選んだのも、男子ばっかりの研究室に留学したのも、もしかしたら性格的な面が大きいのかもしれないです。

今しかできないことをしたい!

ーとはいえ、体育会を一時的でも離れるという決断は簡単ではなかったですよね。留学に踏み切れたのはなぜですか?

一番は、今しかできないことだなと感じたからです。今ここで出発しないとできないなと思いました。プロジェクトや研究室での取り組みも2019年2月からだからできることで、今逃して後悔するより挑戦しようと決めました。また、部活同期の存在がここでも大きかったです。迷惑をかける事になる同期にも納得してもらった状態で留学したくて、一生懸命考えを説明するうちに自然と気が付かなかった自分の考えを言語化できるようになりました。その上で、やっぱり留学をしたいなと思えたのが最終的な決め手ですね。

研究室、プロジェクト、航空学校の3足のわらじに挑戦

ー気象への関心が根幹にあるんですね。実際、ハワイでは何をされていたんですか?

主に、3つのことをやっていました。1つは、研究室でのドローンの作成です。1からドローンを設計して上手く飛ぶか試行錯誤してました。2つ目が、企業とのドローンを使ったプロジェクトです。ドローンと言っても数十メートルある巨大なもので、私は気象関連の調査に参加させてもらいました。そして、フライトスクールでセスナ免許取得の勉強もしていました。

ー1つでも忙しそうなのに、3つなんて、、私ならパンクしそうです。

そうですね、実際きついことも多かったです。例えば、ある日突然ビザの関係でフライトスクールでに通えなくなってしまって、、。そのせいで免許も取れなくってコツコツ取り組んできたことも意味がなくなった気がして落ち込みました。日本でいた時よりも、政治とか一人の発言によって変わるもどかしさを感じましたね、想定外が一番しんどかったです。

ー自分ではどうしようもできないことだと尚更悔しいですよね。大変なことがあった中でも留学したことで得られたことはありますか?

日本ではあまりいなかったドローン仲間に出会い、同じ共通言語で切磋琢磨できる友人が出来たことが嬉しかったです。留学中もやりたいことを話すと違った視点でアドバイスをもらえました。今後も、お互いのことをシェアしながら一緒に成長していきたいなと思える存在です。ドローンの研究以外にも全力で、2足3足のわらじをはいている姿に刺激を受けています。

ーマネージャーとの両立は大変だったと思います。その点は、いかがでしたか?

留学と部活を両立することで、一度距離をおいたものへの魅力を感じることができました。また、留学をしたからこそ、部活の良さや入ったきっかけなど、今まで言語化してこなかった部分を突き詰めて考え直せました。その結果、帰国後はただ「練習時間に仕事をこなす」のではなく「その先に何があるのか」みたいな深いところまで目が行くようになったと思います。

そして、もう1つがメンタル面で成長です。一回別の組織で甘えを許せない環境に行き、なあなあにしていた部分と向き合うようになりました。体育会の選手で留学していた友人を見る限り、帰国後のプレーや行動にも影響が出ているように感じます。

BY ドローンではなく、FORドローンな関わり方

ー最後に、相原さんの今後の夢を教えてください!

今は、ドローンを使って何かをすることよりもドローンのために何かすることに関心があります。例えば、同じ空を共有している航空機には管制塔とかあるのにドローンにはなく、数が増えたら危険な状態です。ドローンを使って何かをしようと思う人のためにも、ドローンを安全に使える整備作りをしたいですね。今は、事故のイメージとかネガティブなイメージがおおいけどそこを変えていきたいです!

編集後記

インタビュー中の笑顔がとても印象的だった相原さん。楽しい事や苦しい事1つ1つと真剣に向き合ってきたからこそ、振り返って密度の濃い4年間を過ごすことが出来たのだと思う。相原さんにとって、部活や留学先での出会いが重要であったように、どんな人であっても人との繋がりが新たなきっかけを生むのではないかと感じた。

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